大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 昭和57年(ワ)1900号 判決

原告 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 黒木file_3.jpg夫

右同 鈴木和夫

被告 小川英一

右訴訟代理人弁護士 平沼高明

右訴訟代理人弁護士 西内岳

右訴訟代理人弁護士 関沢満

右同 堀井敬一

右同 野邊寛太郎

主文

一  被告は、原告に対し、金三一一万四〇円及び内金二六〇万八〇四〇円に対する昭和五七年八月一九日から、内金五〇万二〇〇〇円に対する同六〇年九月二八日から各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その四を原告、その余を被告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一五八八万二八八三円及び内金一五三八万〇八八三円に対する昭和五七年八月一九日から、内金五〇万二〇〇〇円に対する昭和六〇年九月二八日から、各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告は、大正八年一〇月一七日生まれの主婦であり、被告は、その肩書住所地で「小川整形外科」を経営する医師である。

2  診療契約の成立

原告と被告とは、昭和五五年三月一四日、原告の身体中の筋肉に生じた痛みについて適正な診断と治療とをする旨の診療契約を締結した。

3  事実経過

(一) 原告は、昭和五五年二月頃、身体の筋肉に軽い痛みを覚え、同年三月一四日から、被告の診察を受けるようになったが、同月二四日、諸検査の結果により慢性関節リウマチであるとの診断を受けた。

(二) その後、原告は、月に三回位の割合で被告の診療を受けるようになり、被告は諸々の投薬をしたが、同年三月三一日から同年九月六日までの間、インテバンSP・インダシン坐薬・インテバン坐薬を投与した。

(三)(1) 同年六月二九日午前、被告は、原告に対し、リウマチはだんだん悪くなっている旨告げて、原告に金チオリンゴ酸ナトリウムを成分とする製品名「シオゾール」(以下「シオゾール」という。)を注射した。その際、被告は、原告に対し、右薬は、人によっては湿疹が出るかもしれない旨説明した。

(2) 同日午後、原告の胸や手に湿疹が出た。

(四)(1) 同年七月五日、原告は、被告に対し、右注射により湿疹が出た旨告げたが、被告は、再度シオゾールを注射した。この日の注射によって再び湿疹が出たので、原告は、被告に対し、次の診察日の同月一二日に再び湿疹が出た旨伝えたが、被告は、その位なら続けてみようと言って、シオゾールの注射を継続した。

(2) その後、被告は、一月に三回ぐらいの割合でシオゾールの注射を続け、しかも、その量は、次第に増加された。

(五) 同年八月頃、原告は、洗髪の際に抜け毛が多いように感じその旨被告に告げたが、被告は、何の心配もないと告げるにとどまった。

(六) 同年九月一二日、原告は、手指に痒みを覚え、糜爛を生じ、その旨被告に告げたが、被告は、これは水虫であると説明して水虫治療薬の製品名「エンペシド液」を処方した。

(七) 同年九月中旬頃、原告は、口内炎にかかった。

(八)(1) 原告は、同年一〇月初旬頃から頭部に痒みを覚えていたが、その痒みはいつまでも治まらなかった。

(2) 同年一二月六日、原告は、被告に対し、頭部の痒みを告げたところ、被告は、湿疹による痒みであると説明して、チューブ入りの塗り薬を処方した。

(3) 同年同月一二日、原告は、頭部の痒みを強く訴え、赤い湿疹も認められたため、被告は、シオゾールの投与を中止した。

(九)(1) 同五六年一月中旬頃、原告の頭部の痒みは治まり始めたものの、今度は、頭髪が異常に抜け始めた。

(2) 同年二月七日、原告は、被告に対し、頭髪の異常な脱毛状態を訴えたところ、被告は、円形脱毛症であるから放置しておいてもよいが、ひどくなれば皮膚科の医者に行くように指示した。

(一〇) 原告は、他の医師の診療を受けたが既に手遅れで、原告の頭髪は、同年二月中旬頃、すべて抜け落ちてしまった。そして、同年三月頃には、頭髪だけでなく眉毛、まつ毛等すべての体毛が抜け落ちてしまった。

(一二) その後、本件訴訟提起後、原告の頭部には、わずかではあるが髪の毛が生え始めた。

4  投薬と脱毛との因果関係

(一) シオゾールの成分である金チオリンゴ酸ナトリウムは、慢性関節リウマチの治療薬として使用されてきたが、シオゾールには、次のような副作用がある。

(1) 掻痒感、皮疹、口内炎、舌炎、色素沈着、剥脱性皮膚炎、結節性紅斑

(2) 再生不良性貧血、血小板減少、無顆粒性細胞症

(3) 蛋白尿血尿等の腎障害、腎炎、ネフローゼ症候群

(4) 間質性肺炎、肺線維症、気管支炎

(5) 黄疸等の肝臓機能障害

(6) 食欲不振、悪心、嘔吐、上腹部痛、消化管出血、下痢、大腸炎、

(7) 結膜炎、角膜潰瘍、角膜金沈着症、網膜出血

(8) Stevons-Johnson症候群(発熱、皮膚・粘膜の発疹または紅斑、壊死性結膜炎等の症候群)

(9) 注射直後の顔面紅潮、めまい、たちくらみ、霧視、発汗、悪心、嘔吐、衰弱感、失神、脈拍減少、舌の肥厚、呼吸困難

(10) 浮腫、しびれ感、関節炎の増悪、多発性神経炎

(二) インテバンSP、インダシン坐薬、インテバン坐薬の成分であるインドメタシンには、副作用として脱毛がある。

(三) そして、請求原因第3項で指摘したように、原告は、シオゾールの投与を受けるようになったのち、、まず胸や手に湿疹を生じ、その後抜け毛が多くなり、手指に痒みを覚えて糜爛を生じ、口内炎にかかり、頭部に痒みを覚え赤い湿疹を生じたのち頭髪が異常に抜け始め、頭髪、まつ毛、眉毛等をはじめとして全身脱毛となったのであり、以上によれば、原告に生じた脱毛は、劇薬であるシオゾールの副作用、もしくは、これに加えてインドメタシンの副作用が競合して生じたものと言うことができる。

5  被告の責任

(一)(1) シオゾールには、前記のとおり多数の副作用が存し、時には死亡・剥脱性皮膚炎・再生不良性貧血・劇症腸炎・頭髪全部の脱毛等重篤な副作用が発現することもある。

したがって医師は、シオゾールを投与しようとする場合、事前にシオゾールの副作用の内容・程度並びに投与しようとする患者の体質・健康状態を充分に検討し、これらの検討の結果如何によっては副作用への危惧からシオゾールの投与を予め避けるべき注意義務を有する。

(2) 然るに被告が原告にシオゾールを最初に投与した昭和五五年六月二八日当時、原告は六〇歳で、しかも女性であるからおよそ薬の副作用が発現しやすかった(一般的に老人の方が且つ女性の方が薬の副作用を頻発しやすい。)もので、加えて被告が原告にシオゾールを投与する以前の昭和五五年五月一二日に原告には他の薬の副作用による湿疹が発現しており、被告は、少くとも右五月一二日の時点で原告が薬に対して過敏で副作用をひきおこしやすい体質であることを知っていたのであるから、シオゾールの投与を避けるべきであったにも拘らず、被告は、原告にシオゾールを投与し、原告に対し前記の如き脱毛を生じさせたもので、このシオゾール投与自体に被告には医師として重大な過失が存した。

(二)(1) シオゾールを含む金塩の副作用の発生頻度は一般に少なくなく、しかも時には前記の如き重篤な副作用が発現する場合もある。したがって医師は、患者にシオゾールを投与するには投与方法を工夫し、投与後は患者の来院時に必ず湿疹・口内炎・痒み・ふけ・脱毛・動悸等につき問診し、加えて月に一回ないし二回定期的に検尿・検血・肝機能検査・腎機能検査等の検査を行うなどして絶えず副作用の発現に留意し、患者がシオゾールに対して過敏な体質であるか否か、且つ副作用の前駆症状・異常所見の発現の有無を早期に発見するよう努め、患者がシオゾールに過敏な体質であることが判明し又は患者に副作用の前駆症状・異常所見が認められた場合には、直ちにシオゾールの投与を中止すべき義務を有する。

(2) 然るに被告は、原告が薬に対して過敏な体質であることを事前に知っていたにも拘らずシオゾールの投与方法として副作用の発生頻度の高いアメリカ方式を採用し、三回目から一回五〇ミリグラムを投与し、

(3) また原告が自発的に昭和五五年七月五日及び同月一二日の診療の際にシオゾールにより湿疹が発現したことを被告に訴え、被告は右時点で原告がシオゾールに対して過敏な体質を有することを知ったにも拘らずシオゾールの投与を中止若しくは休止せず逆に増量して投与し、加えて、原告は、同年八月頃には洗髪の際の脱毛を、同年九月一二日には口内炎、手指の痒み等の症状を訴え、被告は右時点で原告がシオゾールに対して過敏な体質を有することを一層明確に知ったにも拘らずシオゾールの投与を中止せず右投与を継続し、原告に対し前記の如き脱毛を生じさせたもので、被告には医師として治療に極めて重大な過失が存した。

(三) 被告は、請求原因第2項の診療契約に違反して、前記のとおり原告から依頼された適切な処置をとらず、原告に対し後記同第6項の損害を生じさせたのであるから、被告には債務不履行による損害賠償義務がある。

6  原告に生じた損害

(一) 財産上の損害

(1) 治療費及び通院交通費

原告は、頭髪の治療のため、昭和五六年二月一六日から、横浜市戸塚区矢部町三六七番地所在の「戸塚共立第二病院」へ通院し、その費用として、同日から同五七年六月三〇日までの間に、治療費として七万七八〇〇円、交通費として三万〇二四〇円、合計一〇万八〇四〇円を、同年七月一日から同五九年一一月六日までの間に、治療費として一一万八四八〇円、交通費として五万八五二〇円、合計一七万七〇〇〇円を支出した。

(2) カツラ購入費

原告は、頭髪が抜け落ちた状態では外出どころか通院さえもできない状態であったので、昭和六〇年九月二七日までにカツラ五個を購入した。その代金は合計三二万五〇〇〇円である。

(3) 休業損害及び逸失利益

イ 休業損害

昭和五四年賃金センサス第一巻第一表によれば、産業計・企業規模計・学歴計の六一歳の女子労働者の平均給与月額は一一万四七〇〇円、同年間賞与その他の特別給与額は、二八万六四〇〇円であるから、その平均給与年額は一六六万二八〇〇円であるところ、これに賃金上昇率各年五パーセントを加味した昭和五六年度の平均給与年額は一八三万三二三七円である。

原告は、前記戸塚共立第二病院に一二六日通院したのであるから、右昭和五五年の平均給与年額から日割計算すると、その間六三万二八四三円の休業損害を蒙った。

ロ 逸失利益

原告は、昭和五六年二月当時六一歳で、軽いリウマチにかかっているほかは健康な主婦であったが、シオゾールの副作用による脱毛、それによる外気温との体温調節機能の不調により、家事労働に支障を生じ、その結果八年間労働能力の七九パーセントを失った。したがって、前記昭和五六年度の平均給与年額の七九パーセントの八年分からライプニッツ方式計算法により、中間利息を控除し、現価でその逸失利益を算出すると次のとおり九三六万〇〇八六円となり、本訴では内四〇〇万円の支払を請求する。

(114700×12+286400)×1.05×1.05×0.79×6463≒9360086

(二) 慰藉料

原告は、シオゾールの副作用によって、女性の命ともいえる黒髪、眉毛、まつ毛等が抜け落ちて外貌醜状となり、かつ、体毛が抜け落ちた結果外気温との体温調節機能に著しい障害を生じて外出もできず、日常生活に種々の不便を強いられるほか、その精神的ショックは大きく、一日中泣いたり食事もとらず一〇数キロは体重が落ち、死にたいなどと連発するなど精神錯乱状態に陥ったのであり、加えて、被告は、初診時に、原告に「朝のこわばり、腫れ、腫脹」があるようにカルテを改ざんしたもので、適切な診療を受けられるものとの期待は裏切られ、カルテの改ざんなどによって医師に対する信頼も裏切られたのであって、その肉体的、精神的苦痛は死に勝るものがある。この苦痛を慰藉するためには八八四万円を要する。

(三) 弁護士費用

原告は、本訴を提起するにあたり、原告訴訟代理人に対し訴訟の提起・追行を委任し、着手金として五〇万円を支払い、報酬として認容額の一割(但し、その額は一三〇万円を下らない。)を支払う旨約したので、弁護士費用として合計一八〇万円を要する。

7  結論

よって、原告は、被告に対し、一五八八万二八八三円及び内カツラ購入代金、昭和五七年七月一日から昭和五九年一一月一六日までの治療費、通院交通費を除く一五三八万〇八八三円に対する被告に本件訴状が送達された日の翌日である昭和五七年八月一九日から、その余の五〇万二〇〇〇円に対する損害発生の後である昭和六〇年九月二八日から各支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因第1項の事実のうち、被告が医師として肩書地で「小川整形外科」を営んでいることは認め、その余の事実は知らない。

2  同第2項の事実のうち、診療契約を締結したことは認め、その余の事実は否認する。原告が診療を求めたのは下肢痛であった。

3(一)  同第3項の(一)の事実のうち、原告が昭和五五年二月頃体中の筋肉に軽い痛みを覚えたことは知らない。その余の事実は認める。

(二) 同項の(二)の事実は認める。

初診時から昭和五五年六月二一日までの診療経過は以下のとおりである。

昭和五五年三月一四日、原告は、主訴として下肢痛を訴え、既往症として一三年前に腰椎椎間板ヘルニアを患ったことを説明した。診察の結果、原告には脊椎変形なく、頸椎・腰椎に運動制限なく、圧痛・叩打痛なく、ラセーグ症候(坐骨神経痛の診断法)は両側ともなく、膝反射・アキレスけん反射に異常はなく、知覚異常は認められず、両手指痛及び朝のこわばりが軽度に認められたので、被告は、疼痛に対して、ボルタレン(消炎・鎮痛・抗リウマチ剤)二五ミリグラム三錠、リンラキサー(中枢性筋弛緩剤)六錠を各四日分投与した。

同月一九日 採血。疼痛は一過性であるということで前回と同一薬を投与した。

同月二四日 血液検査の結果、リウマトイド因子が存在することが判明した。痛みが多発性で、手足の関節の両側に軽度の朝のこわばりがあることから、慢性関節リウマチと診断し、前回と同一薬を七日分投与した。

同月三一日 疼痛が取れないということだったので、薬をインテバンSP(抗リウマチ・消炎剤)に変えた。

同年四月五日 慢性関節リウマチに著名な効果のあるプレドニン(副腎皮質ホルモン)一五ミリグラムを四日分投与した。

同月一六日 原告の妹が脊椎腫であるということを聞いた。採血。なお、貧血はなかった。

同月一九日 プレドニンの効果はあったが、劇的なものではなかったので、薬をロイマールに変更した。

同月二六日 疼痛は軽減し、引続きロイマールを投与した。

同年五月一二日 経過は良好であったが、全身にわずかながら発疹がでたので、薬をオバイリン(消炎・鎮痛剤)に変えた。

同月二三日 前回と同一の薬を投与した。

同年六月六日 右下腿部・左腕腋窩部・腰部に痛みが生じたので、ミニマックス(鎮痛消炎・抗リウマチ剤)を投与した。

同月一三日 疼痛は相変わらずであったので、インダシン坐薬(抗リウマチ・消炎鎮痛剤)を投与した。

同月二一日 インダシン坐薬を投与した。

(三) 同項の(三)の(1)の事実のうち、シオゾールを注射したことは認め、その余の事実は否認する。被告は、原告に対し、リウマチの症状は変わらないと告げたのであり、発疹、痒みがでることがある旨説明し、また、インダシン坐薬も投与した。

同(2)の事実は否認する。

(四) 同項の(四)の(1)の事実のうち、湿疹という点は否認し、その余の事実は認める。但し、被告は、原告の前胸部に軽微な発疹を認めたにすぎない。

同(2)の事実のうち、次第に増量したとの点を否認し、その余の事実は認める。

被告は、原告の全身の疼痛がとれないので、シオゾールを投与したが、シオゾールの投与法には、アメリカ方式とヨーロッパ方式とがあり、被告は、アメリカ方式にしたがって、初回一〇ミリグラム、二回目二五ミリグラム、その後合計一〇〇〇ミリグラムに至るまで各回五〇ミリグラムを皮下注射するという方法をとったのである。すなわち、六月二八日以降のシオゾールの投与と被告が示した症状は次のとりおりである。

六月二八日 シオゾール一〇ミリグラム、インダシン坐薬を投与した。

七月五日 前胸部に発疹。わずかな皮疹であったためシオゾール二五ミリグラムを投与した。

同月一二日 発疹は軽度のためシオゾール五〇ミリグラムを投与した。

同月一九日 原告は痒みを訴えたが皮疹は殆んど認められなかった。リウマチの症状は変わらなかったので、シオゾールを五〇ミリグラム、インダシン坐薬を投与した。

同月二六日 リウマチの症状軽減した。シオゾール五〇ミリグラム、インダシン坐薬を投与した。

八月二日 坐骨神経様症状がでたが、皮疹や痒みは認められなかった。シオゾール五〇ミリグラム、インダシン坐薬を投与した。

同月九日 前同様

同月二三日 疼痛軽減。シオゾール五〇ミリグラムを投与した。原告が不眠を訴えたのでセレナール(鎮静剤)を就寝時に服用するように指示して処方した。

同月三〇日 シオゾール五〇ミリグラムを投与した。

九月五日 前同様

同月一二日 痛みなく経過良好、左指間に糜爛があり、抗真菌剤エンペシドを投与した。

一〇月三一日 経過良好であった。シオゾール五〇ミリグラムを投与した。

一二月六日 頭部の皮疹軽度あり。シオゾール五〇ミリグラムを投与した。

同月一九日 頭部の痒みを強く訴え、皮疹も認められたため、シオゾール投与せず。

(五) 同項の(五)の事実は否認する。

(六) 同項の(六)の事実のうち、手指に痒みを覚え糜爛を生じた旨告げたことは認め、その余の事実は否認する。被告は、真菌症と思われるが水虫と同様のカビによるものであると説明し、抗真菌剤エンペシドを注射したのである。

(七) 同項の(七)の事実は否認する。

(八) 同項の(八)の(1)の事実は知らない。

同(2)の事実のうち、湿疹という点は否認し、その余の事実は認める。

同(3)の事実は認める。但し、シオゾールの投与を中止したのは、リウマチの症状が寛解したことが主たる理由である。また、抗ヒスタミン剤、ビタミン剤を投与した。

(九) 同項の(九)の(1)の事実は否認する。

同(2)の事実は認める。

(一〇) 同項の(一〇)の事実は知らない。

4(一)  同第4項の(一)は認める。

(二) 同項の(二)の事実は認める。但し、脱毛などの過敏症状は稀に起こるにすぎない。

(三) 同項の(三)の事実は否認する。

シオゾールの副作用の発生頻度は少なくないが、重篤な副作用の発生は極めて稀である。

また、シオゾールの副作用による脱毛は稀で、脱毛がシオゾールの副作用である場合の前駆症状としていかなるものがあるか不明であり、脱毛を生ずる場合の機序、前駆症状についてふれた文献は見当らない。

原告は、原告に皮疹が出たことを根拠としているが、七月五日に原告の前胸部に出た発疹はわずかな皮疹にすぎず、七月一九日には皮疹は殆んど認められなかったし、八月二日には皮疹はなかった。しかも、これらの皮疹は限局性の皮疹であり、薬疹の場合は全身性であることが多いことから、シオゾールによるものとは考えられず、特にシオゾールの副作用で出る剥脱性皮膚炎は発症していなかった。原告の脱毛がシオゾールの副作用であるとの他医の診断もない。

かえって、原告の脱毛が直径二センチメートル位の円形の脱毛から始まったこと、薬の副作用による脱毛は投与を中止すると間もなく発毛してくるものであるのに対し、原告の場合にはシオゾールの投与を中止した後もなかなか発毛してこなかったこと及びシオゾールの副作用による脱毛としては原告のような全身脱毛の症例報告が見当らないことからすると、原告の脱毛は円形脱毛症である可能性が強い。なお、円形脱毛症の原因は医学上不明である。

5  同第5項は争う。

(一) 被告は、原告の病名を慢性関節リウマチと診断してからシオゾールを投与するまでの間、ボルタレン、リンラキサー、インテバンSP、プレドニン、ロイマール、オバイリン、ミニマックス、インダシン坐薬を投与した。

これらの抗リウマチ剤を投与した結果、原告の全身の疼痛がとれないため、六月二八日からリウマチ患者に極めて有効なシオゾールを選択投与したものである。

シオゾールの副作用が老人や女性に特に多いということはない。シオゾールの投与はアメリカ方式によったが、この投与方法は医学界に確立された方式である。しかし、被告は、副作用については常に注意しており、診察の都度問診をしてチェックしていた。

(二) 前記のとおり、七月五日に原告の前胸部に発疹が出たがわずかな皮疹にすぎず、七月一九日には皮疹は殆んど認められず、八月二日には皮疹はなかった。しかもこれらは限局性の皮疹であり薬疹の場合は全身性であることが多いことからシオゾールによるものとは考えられない。その後一二月一九日の中止の日まで同月六日の頭部の皮疹が軽くあったのみで原告の主張するような湿疹はなかった。口内炎については原告は被告に告げておらず、被告はこれを知らなかった。

(三) したがって、仮に原告の脱毛がシオゾールの副作用であったとしても、前記の治療経過上、被告において右副作用の発現を予見し、あるいはこれを回避する方法はなく、被告には過失はなかった。

6  同第6項は否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  被告が肩書住所地で「小川整形外科」を経営する医師であることは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によると、原告が大正八年一〇月一七日生まれの主婦であることを認めることができる。

二  また、《証拠省略》によると、原告と被告とは、昭和五五年三月一四日、主に腰痛と下肢痛について適正な診断と治療をなす旨の診療契約を締結したことが認められる(但し、診療契約を締結したことは当事者間に争いはない。)。《証拠判断省略》。

三  よって、原告の症状及び被告の治療経過について判断する。。《証拠省略》によれば、次の事実が認められる(但し、以下説示する事実中には事実欄記載のように当事者間に争いのない事実も含まれているが、説示の便宜上特にその旨明示しないこととする。)。

1  原告は、昭和五五年二月頃、身体中の筋肉に軽い痛みを覚え、同年三月一四日、被告の診察を受けた。原告は、主に腰痛と下肢痛を訴え、一三年前に腰椎椎間板ヘルニアを患ったことを説明した。被告が、原告を診察したところ、朝のこわばりはないということで、脊椎変形はなく、頸椎・腰椎に運動制限なく、圧痛・叩打痛もなく、ラグーゼ症候は両側ともなく、膝反射・アキレスけん反射に異常なく、知覚障害も認められなかった。そこで、被告は、疼痛を和らげるため、ボルタレン錠(抗リウマチ鎮痛消炎剤)二五ミリグラム三錠、リンラキサー錠(中枢性の筋弛緩剤)六錠を各四日分処方した。同月一九日、被告は、リウマチの検査のために原告から採血し、また、疼痛が続いていたため、前回と同じ薬を処方した。同月二四日、血液検査の結果原告の血液からリウマトイド因子が検出されたことから、被告はそれまでの診察の結果をも考慮して、原告の症状を極初期の慢性関節リウマチと診断し、前回と同じ薬を処方した。同月三一日、原告の疼痛が続いていたため、被告は、薬をインテバンSPとユベラニコチネート(ビタミンE)に変えた。

2  同年四月五日、原告の疼痛は依然続いていたため、被告は、インテバンSPとユベラニコチネートに加え、プレドニン(副腎皮質ホルモン)とゲファニール(抗潰瘍剤・胃腸障害を押さえる薬)とを処方した。同月一六日、被告は、原告から、原告の妹が脊椎腫であることを聞いたので、血液の一般検査のため採血した。同月一九日、血液検査の結果には異常はなかったが、薬をロイマールに変えた。同月二六日、原告の疼痛が軽減したので、被告は、引続きロイマールを投与した。その後、原告は、痒みを伴った皮疹を生じた。

3  同年五月一二日、被告は、原告に皮疹が出たので、薬をオバイリン(消炎鎮痛剤)に変えた。同月二三日、経過が良好であったので、被告は、引続きオバイリンを投与した。

4  同年六月六日、原告の右大腿部・左腕腋下部・腰部に疼痛が生じたので、被告は、薬をミニマックス(抗リウマチ鎮痛消炎剤)に変えた。同月一三日、原告の疼痛は続いていたので、薬をインダシン坐薬(抗リウマチ鎮痛消炎剤)に変え、同月二三日にも同じ薬を投与した。

5  同月二八日、原告の疼痛が依然続いていたため、被告は、リウマチの症状は変わらない旨告げ、シオゾールを一〇ミリグラム注射し、インダシン坐薬を処方した。その際、被告は、原告に対し、シオゾールは人によっては皮疹・痒みの出ることがある旨説明した。

同日午後、原告の胸や両腕に皮疹が出たが、それは日がたつにつれ軽減した。

6  同年七月五日、原告は、被告に対し、六月二八日の午後に皮疹が出た旨告げたが、被告は、原告の前胸部に軽度の皮疹を認めたにすぎなかったので、原告に対し、この程度ならもう一度やってみようと告げて、シオゾールを二五ミリグラム注射し、また、インダシン坐薬を処方した。

同日午後、原告に再び皮疹が出た。

同月一二日、原告は、被告に対し、再び皮疹が出た旨告げたが、被告は、前回よりも軽い皮疹を認めたにすぎなかったため、シオゾールを五〇ミリグラム注射し、インダシン坐薬を処方した。同月一九日、原告は痒みを訴えたが皮疹は殆んど認められなくなり、その一方リウマチの症状は変わらなかったので、被告は、前回と同一の注射、処方をした。

被告の採用したシオゾールの投与方法は、アメリカ方式であって、初回一〇ミリグラム、二回目二五ミリグラム、三回目以降各五〇ミリグラムを合計一〇〇〇ミリグラムに至るまで投与してゆくというものであった。

そして、同月二六日、同年八月二日、同月九日にも、同一の注射、処方をなしたが、七月二六日にはリウマチの症状は軽減し、八月二日には坐骨神経様疼痛が出ていた。

7  その後、被告は、八月二三日、同月三〇日、同年九月六日に、シオゾール五〇ミリグラムをそれぞれ注射し、また、原告が痛みのため不眠を訴えたのでセレナール(鎮静剤)を就寝時に服用するように指示して処方し、また、九月六日にはインテバン坐薬も処方した。

なお、同年八月頃、原告は、被告に対し、洗髪の際抜け毛が多いように感じる旨及び被告の質問に答えて髪をすく際には別段異常はない旨伝えたところ、被告は、原告に対し、それなら心配ないと告げた。

同年九月一二日、原告の自覚症状は良好であり前回と同一の注射、処方をなしたが、原告が左指間の糜爛と痒みとを訴えたので、被告は、真菌症という水虫と同様のカビによるものであると説明し、エンペシド液(抗真菌剤)を処方した。

同月中旬頃、原告は、口内炎にかかり、「いずみ耳鼻咽喉科」で治療を受けた。但し、原告はこのことを被告には伝えなかった。

同月二九日、原告の経過は極めて良好で、被告は、シオゾールを注射しセレナールを処方したが、その後、原告は九州を旅行したため二〇日程被告の診察を受けなかった。同年一〇月三一日、原告には自覚症状はなかったが、被告は、前回と同一の注射、処方をなし、また、同年一一月二一日にも同一の注射、処方をなした。

8  原告は、一〇月中旬頃から頭部に痒みを感じていたが、白髪が生えだす頃には頭が痒くなる旨聞き知っていたことから、特別気にもとめず被告にも告げずにいたが、その後痒みが増すとともに皮疹も生じてきたので、同年一二月六日、原告は、シオゾールの注射を受けた後、被告に対し、右頭部の痒み、皮疹を告げたところ、被告は、診察の結果、頭部全体に皮疹が生じているのを認めたので、皮疹による痒みであると説明して、ベスタゾンカレンクリーム(チューブ入り塗り薬)を処方し、セレナールの処方もなした。

同月一九日、原告の頭部の皮疹は依然続き、痒みは増強していた。被告は、シオゾールの注射を中止し、セレスタミン(抗ヒスタミン剤)、ネルボン(鎮痛剤・睡眠誘導体)を処方した。なお、この時点でのシオゾールの総投与量は六八五ミリグラムであった。同月二四日、原告の痒みはいくらか軽減したが、被告は、セレスタミン、トリナチオール(ビタミン剤)を処方した。昭和五六年一月九日、原告の皮疹は依然続き、被告はセレスタミンを処方した。同月一九日、原告の皮疹は軽減したが、被告は、セレスタミンとネリゾナクリームを処方した。同月三一日、原告の皮疹はほぼ消失したが、被告はセレスタミンの投与を継続した。なお、同日、原告は、被告に対し、九州旅行をしていたときコーラック(下剤)を一度服用した旨伝え、それが頭部の症状の原因かどうか尋ねた。この間、同月中旬頃、原告は、痒みが治まったものの、頭髪が異常に抜け落ち始めた。

同年二月七日、原告は、被告に対し、頭髪の異常な脱毛状態を訴えたところ、被告は、三、四センチメートル大の円形の脱毛が生じているのを認めたため、円形脱毛症であるから放置しておいてもよいが、ひどくなれば皮膚科の医者に行くように指示した。

原告は、他の医師の診察を受けたが、原告の頭髪は二月下旬頃すべて抜け落ちてしまい、同年三月頃には、眉毛、まつ毛等すべての体毛も抜け落ちてしまった。

その後、本件訴訟を提起した昭和五七年七月以降原告の頭部には、わずかではあるが髪の毛が生え始め、昭和五九年頃には、その量、質が徐々に良化するようになってきたが、昭和六〇年九月下旬頃に至っても未だ原状には回復せず、原告は、通院等外出時にはカツラを着用している。

以上の事実が認められる。なお、被告本人尋問の結果中には、昭和五五年三月一四日に原告を診察したところ、朝のこわばりがあるという原告の訴えであった旨供述する部分があり、また、《証拠省略》にも「朝のこわばりfile_4.jpg」と記載されているが、《証拠省略》に照らし、これらを措信することはできない。

四1  請求原因第4項について判断するに、同項の(一)のシオゾールの副作用及び同項の(二)のインドメタシンの副作用については、当事者間に争いはない。

2  そこで、同項の(三)の被告の投薬と原告の脱毛との因果関係について判断する。

まず、シオゾール投与後の原告の症状をみると、先の第三項で認定、説示したように、原告は、昭和五五年六月二八日から同年一二月一九日まで一か月に三回位の割合でシオゾールの注射を受け、その総投与量は六八五ミリグラムに達したのであるが、その第一回目、第二回目の注射を受けた日の午後に胸、両腕に皮疹を生じ、同年九月一二日頃には、左指間に糜爛、痒みを生じ、同月中旬頃には口内炎にかかり、同年一〇月中旬頃から、頭部に痒みを覚えはじめ、それが次第に増強し、同年一二月初旬頃からは頭部に皮疹も生じるようになり、昭和五六年一月中旬頃には、痒み、皮疹は軽減したものの、頭髪が異常に抜け始め、同年三月頃には、頭髪、眉毛、まつ毛などすべての体毛が抜け落ちてしまった。その後、昭和五七年七月以降原告の頭髪は再び生え始め、昭和五九年頃からは徐々にではあるが原状に回復しつつある。

そして、シオゾールには、本項の1で当事者間に争いのない事実とされた請求原因第4項(一)摘示の多くの副作用が認められるのであるが、加えて、《証拠省略》によれば、シオゾールの投与による副作用発生率は約二五パーセントないしは軽度のものを含めると六〇パーセントほどもあり、その多くは、痒み、皮疹をはじめとする皮膚症状であって、ありとあらゆるタイプの皮疹がみられること、また、口内炎、舌炎などの粘膜症状も同じ位の頻度で起こるとされていること、シオゾールの副作用の発病機序は、その作用機序でさえ不明なこともあって明らかにはなっていないこと、但し、そのうち皮膚症状の発生機序については、アレルギー性機序が関連しているともいわれ、Ⅰ型アレルギー、すなわち、汗により排泄された金塩に対し皮膚が過敏性を獲得して発生するのではないかとも考えられていること、シオゾールの副作用として脱毛が生じることは稀であると一般的にはいわれているものの(但し、《証拠省略》のシオゾールの手引書においては掻痒感、皮疹、口内炎などの副作用と同列に扱われている。)、シオゾールの投与中の医師の問診事項には、ふけ、脱毛についても含まれていること、扁平苔蘇型の皮疹が被髪頭部に発生するとその部位に脱毛をきたしやすく、また、剥脱性皮膚炎型の金皮膚炎の際頭髪の脱毛が生じたりすることが知られていること、が認められる。

そこで、以上の原告の症状とシオゾールの副作用の症状とを比較検討してみると、原告は、シオゾールの投与を受けるようになったのち、皮疹、痒み、口内炎、皮膚の糜爛といったシオゾールの副作用として典型的にみられる皮膚粘膜症状を起こしていること、原告は脱毛に先行してその頭部一面に強度の痒み、皮疹といったシオゾールの副作用として典型的にみられる症状を生じているのであり、しかも、痒みについては異常脱毛の生じる約三か月前から、皮疹についてはその約一か月半前から発病し、それらがほぼ治癒されるのと入れ代わりに異常脱毛が始まっていること、原告に生じた皮疹がどのタイプのものかは証拠上明らかでないが(剥脱性皮膚炎症型ではないことは、《証拠省略》から認められる。)、シオゾールの副作用による皮疹にはありとあらゆるタイプの皮疹があり、いずれにしても皮膚の疾患を生じているのであって、その皮膚症状にはアレルギー性機序が関連しているともいわれていることを考え合わせれば、扁平苔蘇型の皮疹が先行していない場合の脱毛であっても、それがシオゾールの副作用によるものであるということに医学的矛盾は存しないこと、シオゾールの投与を中止した後、金塩が排泄されるとともに、再び原告の頭髪が生え始めていること、がいえるのであり、以上の事実及び後記説示のように原告の脱毛が円形脱毛症によるものとは考え難いことによれば、原告の脱毛は、シオゾールの副作用によるものであると推認することができる。

なお、被告は、原告の脱毛は、まず直径三、四センチメートル大の円形の脱毛として生じたのであって円形脱毛症によるものであると主張し、被告本人尋問結果中にもその旨供述する部分があるので、この点につき判断する。

《証拠省略》によれば、円形脱毛症は、病巣皮膚に発赤、落屑など何らの炎症ないし萎縮を伴うことなく突発することを特徴とし、掻痒感などの自覚症状もないものであること、通常は二ないし三か月で自然治癒するが、頭髪全部ないしは全身の脱毛を生ずる場合はこれを悪性円形脱毛症と呼び、この病型になると治療に抵抗し、毛の再生は非常に困難であること、が認められる。

そして、原告の脱毛は全身脱毛であって、強度の痒み、皮疹が先行していること、シオゾール投与中止後に、原告の頭髪は再び生え始めていること、は先に第三項で認定、説示したとおりであり、以上原告の症状と悪性円形脱毛症の症状とを比較検討してみると、原告に生じた脱毛は、悪性円形脱毛症の症状とはその発病経緯、予後において異なるものであり、したがって、原告の脱毛が悪性円形脱毛症によるものとは考え難い。

また、被告は、原告の脱毛がシオゾールの副作用により生じたものであるにしては、投与を中止してから再び発毛するまでの期間が長すぎる旨主張するので、この点につき判断するに、《証拠省略》によれば、シオゾールの副作用によって生じた脱毛は、通常投薬中止の数か月後に再び生えてくること、アメリカ方式によった場合シオゾールの投与を中止してもなお数か月は血液中に一デシリットル当たり一〇ないし三〇ミューグラムの金濃度が維持され、その後徐々に低下し、それは一年にわたり存続すること、総投与量五〇〇ないし一〇〇〇ミリグラムの患者においては投投与中止後一年以上の長期間金が尿中に出現すること、血小板減少の副作用については金製剤投与中止後一〇か月以上を経て発病したとの報告もあること、シオゾールの副作用の中には、色素沈着、金皮症、脱毛、蛋白尿など治療に抵抗し長期間の治療を要するものがあること、が認められる。そして、原告に対するシオゾールの投与はアメリカ方式に従ってなされ、その総投与量は六八五ミリグラムに達していること、原告の脱毛は、全身脱毛という重度のものであって、また、原告は高齢者であることは、先に第一項及び第三項で認定、説示したとおりであり、以上を総合して考えてみれば、原告の発毛時期が一般に考えられているよりも遅いことは、原告の脱毛がシオゾールの副作用によるものであるとの推認を覆すには足りない。

五  被告の責任

そこで、以下被告の責任について検討する。

1  《証拠省略》によれば、医師は、シオゾール投与中の患者に、皮疹、紫斑、出血斑、口内炎、舌炎、浮腫、発熱などや、痒み、ふけ、脱毛、金属味・臭、出血傾向、異常出血、消化器症状、乾性咳、動悸、息切れなど異常な所見が認められた場合は、とりあえず症状が消失するまで減量または休薬して経過を観察し、原因の解明に努めるとともに、必要に応じて適切な処置を行うこと、痒み、軽度の皮疹は数日で消えるものであるが、抗ヒスタミン剤の経口投与またはフェノールとステロイドホルモン含有のローションか軟膏を使用することも有効であること、皮疹を生じた場合、減量ないしは一時中止し、消失とともに再開すると多くは投与を継続することができ、また、皮疹を伴う症例は金製剤が良く奏効する傾向にあること、重篤な症状が発現した場合には、直ちに投与を中止して症状に応じて副腎皮質ホルモンの投与を行うなど適切な処置を行い、金解毒排泄剤の投与をも考慮すること、特に金製剤の過度の蓄積による中毒症状の可能性が考えられるときには、金解毒排泄剤の投与をすべきこと、が認められる。

2  《証拠省略》によれば、シオゾールの投与方法としては、徐々に増量する方式(ヨーロッパ方式)、比較的急速に増量する方式(アメリカ方式)、低用量方式の大きく分けて三方式があるが、右はおおよその基準を示すものであり、年令、体重、体質、症状に応じて適宜増減することが必要であること、最近では低用量方式でも前二者と同様に有効であり副作用も軽いとして低用量方式を実施する医師が増加していること、が認められる。

3  《証拠省略》によれば、医師は、シオゾールの投与開始に先立ち、患者個々に主な副作用(皮膚・粘膜症状、腎障害、血液障害、呼吸器障害、消化器障害、視力障害等)について説明し、少しでも異常な症状が認められた場合はすみやかに連絡するよう指示すべきであること、シオゾールの副作用の発生を予知しうる信頼できる方法は未だ見いだされていないこと、が認められ、また、先に第四項で認定、説示したように、シオゾール投与による副作用の発生率は二〇ないし六〇パーセントと高率であって、重篤な症状に至る場合もあるにも拘らず、副作用の発生機序は不明なのであり、したがって、医師としては、シオゾール投与による副作用に対しては、早期に発見し適切な処置をとる以外に対処すべき有効な方法がないということができる。以上によれば、被告は、原告に対し、シオゾールの投与に先立ち、右のような主な副作用について説明し、異常な症状が認められた場合にはすみやかに連絡するように指示すべき注意義務があったものと認めることができる。

そして、先に第三項で認定したように、被告は、原告に対し、シオゾールの投与に先立ちシオゾールは人によっては皮疹、痒みが出ることがある旨説明してはいるものの、口内炎、舌炎、脱毛、腎障害、血液障害、呼吸器障害等他の副作用について説明せず、また、少しでも異常な症状が認められた場合にはすみやかに連絡するよう指示もしていない。

以上に基づき、被告に右注意義務違反があったかを判断するに、右説明指示義務が課せられる目的は副作用を早期に発見し適切な処理をなすべきことにあるのだから、単に皮疹、痒みについて説明しただけでは、右目的を達成するのには不十分といえ、よって、被告には右説明指示義務違反があったものということができる。

4  《証拠省略》によれば、医師は、患者の来院時には毎回皮疹、紫斑、、出血斑、口内炎、舌炎、浮腫、発熱などの有無を確認し、痒み、ふけ、脱毛、金属味・臭、出血傾向、異常出血、消化器症状、乾性咳、動悸、息切れなどの存在について問診すべきことが認められ、前項で認定、説示したように、シオゾールの副作用の発生を予知しうる信頼できる方法は未だ見いだされておらず、また、シオゾール投与による副作用の発生率は二〇ないし六〇パーセントと高率であって、重篤な症状に至る場合もあるにも拘らず、副作用の発生機序は不明なのであり、故に、シオゾール投与による副作用に対しては早期に発見し適切な処置をとる以外に対処すべき有効な方法がないのであって、以上によれば、被告は、シオゾール投与中、原告に対し、来院の際には毎回右のような事項について問診、診療すべき注意義務があったものということができる。

そして、原告本人尋問の結果によれば、被告は、原告に対し、シオゾールを注射する度ごとに、その副作用の発現について問診、診療しなかったものと認められるのであり、これに対し、被告本人尋問の結果中には、問診した旨供述する部分があるが、右供述部分は、抽象的に問診したとするのみであって具体的にどのような点について問診、診療したのか明らかでなく、右原告本人尋問の結果に照らし、これを措信することはできない。

以上によれば、被告には、右問診、診療義務違反があったものということができる。

5  《証拠省略》によれば、シオゾールを投与している場合、医師としては、できるだけ頻回定期的に(少なくとも月一回)尿検査、血液検査、肝機能検査、腎機能検査を行い、特に尿検査は頻回実施することが望ましいとされていること、金製剤による副作用の既往のある患者、薬物過敏症の既往のある患者、高齢者に対しては、定期的検査をより短い間隔で実施する必要があること、が認められる。そして、先に第三項で認定、説示したように、原告は、ロイマールの投与後皮疹を生じ、また、シオゾールの第一回目と第二回目の注射時にすでに皮診を生じているのであり、原告は、薬物に対して過敏である疑いがあって、金製剤による副作用を生じた患者ということができるのであり、しかも高齢者なのである。加えて、先に前段4で認定、説示したように、シオゾールの副作用の発生を予知しうる信頼できる方法は未だ見いだされておらず、また、シオゾール投与による副作用の発生率は二〇ないし六〇パーセントと高率であって、重篤な症状に至る場合もあるにも拘らず、副作用の発生機序は不明なのであり、故に、シオゾール投与による副作用に対しては早期に発見し適切な処置をとる以外に対処する有効な方法がないのであって、以上によれば、被告は、シオゾールの投与中少なくとも月一回は原告について尿検査、血液検査をなすべき注意義務を負っていたものと認めることができる。

そして、《証拠省略》からすれば、被告は、シオゾールの投与を開始する以前の昭和五五年三月一九日にリウマトイド因子の検査のため、四月一六日に一般検査のためと合計二回血液検査を実施した以外に、尿検査、血液検査を実施していないことは明らかである。

したがって、被告には、この点において注意義務違反が認められる。

6  先に第三項で認定、説示したように、原告に生じた異常な症状のうち被告に知らされなかったり、知らせる時期が遅れたものは、九月中旬頃に生じた口内炎、一〇月中旬頃から生じた頭部の痒みである。そして、これらの症状は、被告が説明指示義務、問診診療義務を尽くしていたならば、口内炎については九月二九日に、頭部の痒みについては一〇月三一日に、それぞれ原告から被告に知らされていたものと推認することができる。これを前提にして考えてみると、被告は、一〇月三一日には、原告の症状として、シオゾール投与の第一回目の六月二八日と第二回目の七月五日に皮疹、八月中旬に洗髪の際の抜け毛の増加、九月一二日頃に左指間に痒み、糜爛、九月中旬に口内炎、一〇月中旬に頭部の痒みをそれぞれ生じたことを知り得たのであって、かような症状の経過からすれば、この時点で、一旦治まった皮膚症状が八月中旬頃から再び活性化してきていることを認めることができ、より重篤な副作用を生じる蓋然性のあることが予見できたものといえ、したがって、シオゾールの投与を中止し、対症療法をとり得たものということができるのである。加えて、被告が、尿検査、血液検査を行っていれば、その結果により金製剤の過度の蓄積による中毒症状であることが疑い得た可能性もあったのであり、そうなれば、金解毒排泄剤の投与も考慮し得たことも認められるのである。特に、《証拠省略》によれば、皮膚症状を起こしている場合には時に血算により好酸球が増加し、血清IgEが増加していることが認められるのであり、原告の場合にも、そのような結果を得られた可能性もあったのである。

以上によれば、被告は、右のシオゾール投与開始時における説明指示義務、各注射時における問診診察義務、投与中の尿検査、血液検査義務を懈怠したことによって、シオゾールの投与中に原告に生じた異常な症状を把握しえず、よって、脱毛を含めたより重い症状が発現する兆候を早期に発見することができず、もって、もし早期に発見していたならば可能であったシオゾールの投与中止、対症療法、場合によっては金解毒排泄剤の投与等の適切な処置を講ずる機会を逸したということができるのであり、その結果、原告をして全身脱毛を生じさせたものと認められる。

六  原告に生じた損害

1  財産上の損害

(一)  治療費及び通院交通費

原告が昭和五六年二月中旬頃までに頭髪をすべて失ったこと、その後頭髪は徐々にではあるが回復しているものの昭和六〇年九月下旬頃に至ってもなお原状に復していないことは、先に第三項で認定、説示したとおりであり、《証拠省略》によれば、原告は頭髪の治療のため、戸塚共立第二病院に通院し、昭和五六年二月一六日から同五七年六月三〇日までの間に、治療費として合計七万七八五〇円、交通費として合計三万三六四〇円(合計一一万一四九〇円)、同年七月一日から同五九年一一月六日までの間に、治療費として合計一一万八四八〇円、交通費として合計五万八五二〇円(合計一七万七〇〇〇円)をそれぞれ支出したことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。以上によれば、原告は本件医療事故によって右同額の損害を蒙ったものと認められる(但し、原告の昭和五六年二月一六日から同五七年六月三〇日までの分の本件訴訟での請求額は、治療費七万七八〇〇円、交通費三万〇二四〇円の合計一〇万八〇四〇円である。)。

(二)  カツラ購入費

原告が昭和五六年二月中旬頃までにシオゾールの副作用により頭髪をすべて失ったこと、その後頭髪は徐々に回復しているが昭和六〇年九月下旬頃に至っても未だ原状には復せず原告は通院等外出時にはカツラを着用していることは、先に認定、説示したとおりであり、《証拠省略》によれば、原告は、昭和六〇年九月二七日までに、カツラ五個をそれぞれ代金二〇万円(あつらえ品)、三万円、三万九〇〇〇円、三万円、二万六〇〇〇円(以上既製品)、合計三二万五〇〇〇円で購入したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

(三)  休業損害

本項(一)で認定、説示したように原告が戸塚共立第二病院に通院したこと、先に第一項で認定、説示したように原告が主婦であること、は認められるが、右事実のみによっては原告が具体的にどの程度の休業損害を蒙ったかを推認するには足りず、他に原告の休業損害を立証するに足る証拠はない。よって、原告の休業損害の請求は認められない。

(四)  逸失利益

原告がシオゾールの副作用により全身脱毛になったことは先に認定、説示したとおりであるが、それによって外気温との体温調節機能が不調となり労働能力を喪失したことについては、《証拠省略》中には、冬は寒く、夏は暑いし逆にクーラーの効いた部屋には寒くて居られなくなる旨供述する部分があるが、右供述のみによっては右事実を推認するには足りず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。よって、原告の逸失利益の請求は認められない。

2  慰藉料

原告がシオゾールの副作用によって頭髪、眉毛、まつ毛等すべての体毛を失ったこと、その後頭髪は徐々に回復しているが昭和六〇年九月下旬頃に至っても未だ原状には復せず原告は通院等外出時にはカツラを着用していることは、先に第三項で認定、説示したとおりであり、《証拠省略》によれば、原告は、頭髪、眉毛、まつ毛等を失ったことにより精神的ショックを受け、一日中泣いたり、食事も喉を通らず体重が減ったことが認められ、本件証拠上認められるその他諸般の事情を総合考慮すると、原告の蒙った精神的損害は、本件医療事故当時の現価に引き直して二〇〇万円とするのが相当と認められる。

3  弁護士費用

原告が本件訴訟の提起、追行を弁護士たる本件訴訟代理人三名に対し委任したことは本件記録上明らかであり、《証拠省略》によれば、原告が右訴訟代理人らに対し着手金として五〇万円を支払ったこと、報酬として認容額の一割(但し、その額は一三〇万円を下らないこと。)を支払う旨約したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はないところ、本件審理の経過及び認容額等に照らすと、原告の弁護士費用報酬支出による損害のうち、本件医療事故当時の現価に引き直して五〇万円を本件医療事故と相当因果関係のある損害とするのが相当と認められる。

七  結論

以上によれば、本件請求は、三一一万四〇円及び右金員のうち二六〇万八〇四〇円に対する損害発生の後である昭和五七年八月一九日から、その余の五〇万二〇〇〇円に対する損害発生の後である同六〇年九月二八日から各支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条本文を、仮執行の宜言につき同法第一九六条第一項を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高橋久雄 裁判官 木下重康 裁判官田中寿生は転任につき署名捺印できない。裁判長裁判官 高橋久雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例